金物店の店主は怒っていた。
「高圧洗浄機が一台、電動ドリルが二台、インパクトドライバーが一台。全部で十五万円分だ。店の裏口から持ち出された。鍵は壊されていない」
鶫はメモを取った。鍵が壊されていないということは、合鍵か、施錠忘れか、内部の人間だ。
「従業員は何人」
「パートが三人。全員十年以上勤めてる。まさかとは思うが、」
「防犯カメラは」
「ない。つけようつけようと思って、二十年経った」
鶫は店の裏口を確認した。アルミの引き戸。鍵はシリンダー式。ピッキングの痕跡はない。鍵穴の内部に傷がない。合鍵で開けられた可能性が高い。
「合鍵を持っている人は」
「俺と、パートの山田さん。山田さんはもう六十五だ。体が悪くて重いもの持てない。高圧洗浄機は二十キロある」
鶫は残りの二人のパートの名前と勤務シフトを確認した。盗難が起きたのは日曜の夜から月曜の朝にかけて。日曜の閉店作業をしたのは、パートの一人、田中という三十代の男性。
田中の人物像を店主に聞いた。真面目。遅刻しない。だが最近、顔色が悪い。スマートフォンをよく触っている。
鶫は金物店を出て、商店街を歩いた。
商店街の端に、質店がある。「蛇口質店」。看板は古いが、ガラスはきれいに磨かれている。
ドアを開けた。
カウンターの奥に男がいた。五十代後半。痩せている。顔が長い。メタルフレームの眼鏡。表情が乏しいが、目だけが動く。品物を見る目。人を見る目。
「蛇口良平さん?」
「何か売りにきたかい?」
「買いに来た。情報を」
蛇口の目が動いた。鶫を上から下まで見た。二秒。
「探偵さんか。聞いてるよ。商店街に探偵事務所ができたって。猫を見つけたんだって?」
「猫の次は工具です。金物店から盗まれた高圧洗浄機とドリル。ここに持ち込まれていませんか」
蛇口は表情を変えなかった。カウンターの下から台帳を出した。手書きの台帳。質店の買取記録。
「今週の月曜日。三十代の男。高圧洗浄機一台、電動ドリル二台、インパクトドライバー一台。型番はここに書いてある」
型番を確認した。金物店の在庫リストと照合する。一致した。
「買取価格は」
「全部で三万五千円。相場の四分の一以下。急いでいた。金が要ると言っていた」
「その男の名前は」
「身分証は確認した。田中章一。住所は東町、」
金物店のパート。やはり内部犯行。ギャンブルか借金か。
「蛇口さん。盗品と分かって買い取った?」
「盗品かどうかは分からなかった。本人は『自分のだ』と言った。身分証を確認し、台帳に記録した。法律上の義務は果たしている」
グレーだ。質店主としては合法の範囲。だが盗品の疑いがある品物を相場の四分の一で買い取る人間が、疑いを持たなかったはずがない。
「品物は」
「まだある。返してやるよ。金物店の店主に言ってくれ。三万五千円を持ってきたら返す」
鶫は質店を出ようとした。
「探偵さん」
蛇口の声が追いかけてきた。
「この街の仕事は、大体こういうもんだ。猫が逃げて、工具が盗まれて、隣の人がいなくなる。派手なことは起きない。でも、起きないことの方が、ときどき気になるだろう?」
鶫は振り返った。蛇口はカウンターの奥で台帳を閉じていた。
「何が言いたいですか」
「俺の店には、いろんなものが持ち込まれる。時計。指輪。電化製品。たまに、引っ越した人の荷物が来ることがある。遺品整理屋から流れてくる」
「引っ越した人の」
「そう。あんたも聞いたんだろう? この街から静かにいなくなる人がいるって。俺のところに、その人たちの荷物が来ることがある。遺品じゃないのに、遺品のように処理されて」
鶫の背筋が伸びた。
「何人分ですか」
「数えてない。数えたくない」
蛇口は眼鏡を外して、レンズを布で拭いた。目を閉じている。
「探偵さん。この街には、沈黙の値段がある。俺は沈黙を買い取る側の人間だ。あんたが追いかけているものの端っこを、俺は毎日触っている。それだけ言っておく」
鶫は質店を出た。
金物店の店主に報告した。犯人は田中。品物は蛇口質店で買い戻せる。店主は複雑な顔をしたが、礼を言った。報酬を受け取った。
事務所に戻った。コーヒーを淹れた。八十五度。三分半。
蛇口良平。グレーゾーンの質店主。盗品も、遺品も、沈黙も買い取る男。
「この街には沈黙の値段がある」。
鶫はメモ帳にその言葉を書いた。
小謎は解決した。金物店の工具の行方は判明した。犯人は特定され、品物は戻る。
だが、「引っ越した人の荷物が遺品のように処理されて来る」という蛇口の言葉が、解決の向こう側に残っていた。
いつもの余白。
窓の外で犬が一匹も吠えていなかった。十月の終わり。まだ、吠えない。