小説置き場
放課後の残響 逢坂みなも

第22話「美空のリストの輪郭」

1,451文字 約3分

放課後の新聞部室は、隣の音楽室から漏れてくる合唱の練習曲が壁を透かして聞こえるくらい静かだった。ソプラノのパートだけが繰り返されていて、同じ旋律が三回目を迎えたところで湊はノートを開いた。

 美空のノートのコピー。「最後に話したい人たち」のページ。

 四つの属性。名前ではなく属性。

 怒っている人。  黙り続けている人。  正しかったと思い込んでいる人。  痛みを肩代わりしている人。

 千紘は四番目だった。痛みを肩代わりしている人。美空に呼ばれて旧特別棟に来た。一階で待っていた。停電。転倒。音。

 では残りの三人は。

 湊はA3の紙を取り出した。EP018で作った事故夜の行動表。そこに千紘の新しい証言を書き加えた。

 千紘。21:30頃、旧特別棟一階に到着。美空に呼ばれて。二階の準備を待っていた。21:50頃、停電。階段で転倒。動けなかった数分間。上階で落下音。22:08頃、起き上がって外に出る。保健室に戻る。

 行動表の空白が一つ埋まった。だが新しい空白が生まれた。

 美空は千紘だけを呼んだのか。四人のリストがあるなら、四人全員を呼ぼうとしたのではないか。

 湊は四つの属性を見つめた。

 怒っている人。澪。事故後に異変が起きている。旧特別棟の絵を描き続けている。怒りを言葉にできない。

 黙り続けている人。颯真。事故夜に用具室にいたと言ったが、部活記録と矛盾している。笑顔の下で一年間黙っている。

 正しかったと思い込んでいる人。桐野。非常灯の修繕を先送りにした。本棟巡回を優先した。正しい判断だが結果として遅れた。

 この三人に、美空はメッセージを送ったのか。

 確認する方法は限られている。美空の携帯はもうない。凍結されたアカウントのメッセージ履歴は遡れない。聞くしかない。本人に。

 だが聞き方が問題だった。

 「美空に呼ばれたか」と直接聞けば、相手は身構える。あの夜に旧特別棟にいたことを隠している人間にとって、その質問は追及と同じだ。

 湊は別のアプローチを考えた。

 美空のノートの四つの属性。これを見せる。見せたときの反応で分かる。自分がその属性に当てはまると知っている人間は、反応する。知らない人間は反応しない。

 合唱の旋律が四回目の繰り返しに入った。ソプラノが少しだけ音程を外して、やり直しの声が聞こえた。

 湊はノートに書いた。

 「確認すべきこと。  一、澪に美空のリストを見せる。反応を観察。  二、颯真に同じリストを見せる。反応を観察。  三、桐野先生には慎重に。教師と生徒の立場がある。  四、全員が来たとして、全員が同時にいたのか、時間をずらして来たのか」

 四番目の問いが重要だった。

 もし四人が同時に旧特別棟にいたなら、停電後に四人分の判断ミスが重なったことになる。もし時間をずらして来たなら、美空は一人ずつ話すつもりだった。千紘が最初だったのか、最後だったのか。

 千紘は「美空が準備ができたら呼ぶ」と言っていた。準備。録音の準備。一人ずつ録音するなら、千紘は最初の一人だった可能性がある。

 では二番目は誰だったのか。二番目が来る前に、停電が起きたのか。

 合唱が止まった。練習が終わったらしい。廊下に足音が流れ始めた。

 湊は新聞部室を出た。廊下の窓から旧特別棟を見た。十一月の夕暮れ。建物の輪郭が暗くなっていく。

 あの建物の中で、美空は四人を待っていた。声の地図の最後のパートのために。言えなかった声を集めるために。

 だが集めようとした声は、一つも録音されなかった。停電が来て、美空は落ちて、千紘は転んで、十分間の空白が生まれた。

 湊はノートを閉じた。

 明日、澪に会う。怒っている人に。