小説置き場
放課後の残響 逢坂みなも

第18話「断片の地図」

3,684文字 約8分

十月が終わりに近づいていた。

 新聞部室の机の上に、一枚の紙を広げた。A3のコピー用紙。美術部から一枚もらった。横長に使う。左から右に時間軸。上から下に人物の名前。

 分刻みの行動表を作ろうとしていた。

 事故の夜。一年前の十月の雨の夜。

 左端に「21:00」と書いた。右端に「23:00」。二時間分の時間軸。

 上から順に名前を書いた。

 有馬美空。  白崎千紘。  深澤颯真。  早瀬澪。  倉橋奈央。  桐野先生。

 六人。事故の夜に関わっていた、あるいは関わっていた可能性のある六人。

 手元にある情報を書き込んでいった。

 美空。旧特別棟に21:30頃から入っていたと推定。二階の放送機材室で最終録音の準備。21:50頃、停電。22:00前後、転落。

 千紘。保健室にいた。停電後、鍵を持って外に出た。旧特別棟方向で足音を聞き、向かった。途中で引き返した。時刻不明、おそらく22:00-22:10の間。

 颯真。サッカー部の片づけ(20:00-20:30頃)。その後の行動は「用具室にいた」と主張。確認者なし。21:00-22:00の空白。旧特別棟への移動を否定。

 澪。自宅にいたはずだが、夜眠れず散歩していた可能性(EP013の寝言の件)。旧特別棟の近くにいた可能性。時刻不明。

 奈央。事故夜には旧特別棟にいなかった(自己申告)。翌日、放送室で美空のPCから音声データを消去。

 桐野。本棟の職員室にいた。21:50頃の停電後、教頭の指示で本棟巡回。旧特別棟に到着したのは22:12頃。

 書き込んだ。

 紙の上に断片が散らばっている。確定しているのは美空の転落時刻と、桐野の到着時刻と、救急車の到着時刻だけ。あとは全て証言に基づく推定。

 停電。21:50。

 転落。22:00前後。

 通報。22:24。

 救急車到着。22:32。

 公式発見。22:40。

 転落から通報まで、二十四分。

 この二十四分に何があったのか。

 千紘は足音を聞いて旧特別棟に向かったが引き返した。颯真は用具室にいたと主張している。澪はどこかで意識を落としかけていた。桐野は本棟を巡回していた。

 全員が、旧特別棟の「近く」にいなかったと言っている。

 だが。

 湊はペンを置いて、紙を見つめた。

 全員が「近くにいなかった」。全員が「関係ない」。全員が別々のアリバイを持っている。

 しかし、

 千紘は足音を聞いた。旧特別棟の方向から。つまり、誰かが旧特別棟の近くにいた。

 澪は寝言で「行かせないで」と漏らした。誰かの恐怖を拾った。近くに、恐怖を感じている人間がいた。

 颯真の空白時間。20:30から21:00。用具室に一人。確認者なし。グラウンドから旧特別棟まで徒歩五分。

 紙の上に、線を引いた。赤いペン。

 颯真の空白時間を、旧特別棟の方向に伸ばす線。仮定の線。

 千紘が聞いた足音の時刻を推定する線。停電後。22:00前後。

 澪が意識を落とした場所を推定する円。旧特別棟の近く。

 線と線が、重なる場所がある。

 旧特別棟の入り口付近。22:00前後。

 全員がいなかったと言っている場所に、全員がいた可能性がある。

 湊は紙を見つめた。

 穴だらけの地図。断片が散らばっているだけで、全体像は見えない。でも、断片の配置が示しているものがある。

 誰も美空を見殺しにしようとしたわけではない。全員が、別々の理由で、あの場所に近づき、あるいは近づこうとして、止まった。引き返した。足を踏み外した。意識を失った。

 十分間。美空が倒れてから誰かが見つけるまでの十分間。

 それは一人の大きな判断ミスではなく、五つの小さな躊躇の合計だったのかもしれない。

 窓の外から、下校のチャイムが聞こえた。

 紙を折りたたんで、取材ノートに挟んだ。

 まだ完成しない。穴が多すぎる。

 でも、形が見え始めている。断片の地図。沈黙の輪郭。

 机の上に、美空の企画ノートのコピーが置いてある。「最後に話したい人たち」のページ。

 怒っている人。黙り続けている人。正しかったと思い込んでいる人。痛みを肩代わりしている人。

 美空はこの四人に会おうとしていた。あの夜。旧特別棟で。

 四人のうち、何人が来たのだろう。

 何人が来て、何人が来なかったのだろう。

 湊は新聞部室を出た。廊下の蛍光灯が白い光を落としている。一年前のあの夜とは違う、明るい廊下。

 明るい廊下を歩きながら、暗い夜のことを考えている。

 旧特別棟の方向を見た。渡り廊下の先。古い建物。窓が暗い。

 あの建物が取り壊される前に、地図を完成させなければならない。

 取り壊されたら、何も残らない。