一月の夜。湊裏区のアパート三階。
私はテーブルに向かっていた。ノートパソコンは閉じてある。翻訳の仕事は今月分を終えている。来栖の持ち出した資金が活動費に充てられるようになってから、翻訳の件数を減らした。減らした分の時間を調査に使っている。
テーブルの上にA5のノートが三冊並んでいる。一冊目、二冊目、三冊目。百均で買ったノートだ。一冊百十円。紙の質は良くない。インクが裏に透ける。だが記録には十分だ。
三冊目の最後のページに差しかかっている。明日から四冊目に入る。
今夜は記録ではなく、整理をする。
ノートの一冊目を開いた。最初のページ。日付は十月。封筒が届いた翌日の記録。
「封筒の中身:処理手順書。対象者五名(黒塗り)。ステップ五省略。白紙一枚」
字が硬い。線が直線的で、角が立っている。一画一画に力が入っている。怒りではない。緊張だ。封筒の中身を分析しているときの、神経の張り詰めた字。
ページをめくった。
「桐嶋徹。元公安。身辺調査屋。同じ封筒を受け取っている」
この行から字が少し変わっている。硬さは同じだが、速度が上がっている。情報が増えた。書くことが増えた。ペンが紙の上を走る速度が上がった。
さらにめくった。
「詩音。壁一面の相関図。二年間。RAFT」
「御手洗。段ボール三十箱。三十年前の記事。出さなかった」
「来栖朔。元クリーナー。機構を知る唯一の人間。信用は未確定」
五人分の名前が、ノートの中に並んでいる。一人ずつ増えていった。封筒を読んだ夜は私だけだった。桐嶋が加わり、詩音が加わり、御手洗が加わり、来栖が加わった。名前が増えるたびに、ノートの余白が減った。
私は一冊目を閉じた。二冊目を開いた。
二冊目は調停機構の構造分析だ。詩音のデータ、御手洗の取材資料、来栖の証言を組み合わせて、機構の輪郭を描こうとした記録。
「評議部:最上位。名前不明。人数不明。大手財団・業界団体の役員か」
「執行部:中間管理層。末端メンバーAを特定。資金ルートの一端を詩音が発見」
「現場部:クリーナー。来栖が所属していた部門。信用破壊を実行する」
三層構造。上から順に、見えていない部分が多い。評議部はほぼ不明。執行部はAの周辺だけ。現場部は来栖の証言が唯一の情報源。
帳簿で言えば、総勘定元帳のうち三ページだけが手元にある状態だ。全体の帳簿は百ページを超えるだろう。三ページから全体を推定することは不可能ではないが、精度は低い。
だが三ページの間にも関係がある。ページとページの間の参照。数字の流れ。矛盾。帳簿は一冊の中で整合するように作られている。整合しない箇所が、嘘のある場所だ。
私たちが手に入れた三ページの間にも、矛盾がある。来栖が語る機構の内部構造と、詩音がデータから読み取った構造が、一致しない部分がある。一致しない理由は三つ考えられる。来栖が嘘をついている。詩音のデータが不完全。あるいは機構自体が自己矛盾を抱えている。
三番目の可能性が最も興味深い。
それでもゼロよりは多い。四ヶ月前はゼロだった。
二冊目を閉じた。三冊目を開いた。
三冊目は作戦の記録だ。EP041以降の行動記録。Aの特定、周辺調査、合同作戦の立案、前日の準備、実行、結果。
昨日の記録がある。
「作戦部分的成功。宮田の家族への接触成功。宮田本人は機構の保護下(帰還)。成功の手応えが軽い。三つ目の仮説を保留中」
三つ目の仮説。壊された人間が壊した相手に保護を求める構造。まだ言語化できていない。
ノートを閉じた。
三冊のノートをテーブルの上に並べた。一冊目、二冊目、三冊目。左から右へ。時系列順。
十月から一月。四ヶ月。
四ヶ月で何が変わったか。
私は封筒を一人で読んでいた。今は五人で作戦を実行している。
私は規定量の半分のコーヒーを飲んでいた。昨日、御手洗の濃いコーヒーを最後まで飲んだ。
私は誰も信じていなかった。今も信じてはいない。信じるな、記録しろ。桐嶋の信条を借りている。だが記録の量が増えた。記録する対象が増えた。桐嶋の靴紐の結び方。詩音のキーボードを叩く速度。御手洗のコーヒーの温度。来栖の沈黙の長さ。
記録は信頼ではない。だが記録の蓄積が、信頼に似た何かを形成しつつある。
得たもの。五人の組織。旧社屋という拠点。調停機構の構造の断片。Aの情報。来栖の資金。宮田の家族との接点。
見えないもの。評議部の全容。機構が七十年間存続してきた理由。宮田が機構の保護下に入った動機。封筒の差出人の正体。来栖の本心。
見えないものの方が多い。
だがそれは帳簿の最初のページを開いた時点では当然のことだ。帳簿は最初のページからしか読めない。途中のページだけを読んでも意味が分からない。最初から順に、一行ずつ読んでいく。
私は四ヶ月で五十ページ分を読んだ。残りは——分からない。百ページかもしれない。二百ページかもしれない。
ペンを取った。四冊目のノートを開いた。新品だ。最初のページ。
日付を書いた。一月二十一日。
それから、一行目を書こうとして、手が止まった。
ノートの最初のページに書く一行目は、そのノートの方向を決める。一冊目は「封筒の中身」から始まった。二冊目は「調停機構の構造」から始まった。三冊目は「作戦記録」から始まった。
四冊目は何から始めるか。
ペンを紙に当てた。書いた。
「ここまで来た。まだ足りない。続ける」
書き終えて、その字を見た。
丸い。
一冊目の字と比べて、明らかに丸くなっている。角が取れている。線が柔らかい。力が抜けている。
筆圧が変わったわけではない。ペンも同じだ。百均のボールペン。インクの出方に差はない。
変わったのは手だ。
ノートに手順を書き、報告を記録し、分析を綴り、四ヶ月分の字を書いた手。その手が、以前よりも力まなくなっている。
力まなくなったことが良いことなのかどうか、私には分からない。帳簿の数字は力みとは無関係だ。正確であれば良い。だが手帳の字は、書く人間の状態を映す。御手洗が三十年前の自分の字を「若い字だ」と言ったように。桐嶋が「相手の手が震えたら止めろ」と言ったように。手は嘘をつけない。
私の字は、四ヶ月前より丸くなった。
それが何を意味するのか。緊張が緩んだのか。安心したのか。油断しているのか。
分からない。だが記録した。字が丸くなったことを、丸くなった字で記録した。
窓の外は暗い。湊裏区の夜。隣のビルの非常灯が点いている。
コーヒーを淹れた。インスタントの粉。規定量の半分。お湯は八十五度。
飲んだ。薄い。昨日の御手洗のコーヒーの味を、舌が覚えている。濃さの記憶。
次に旧社屋に行ったとき、御手洗はまたコーヒーを淹れるだろう。規定量の粉で。八十五度の湯で。五人分。
私はそれを飲むだろう。濃いコーヒーを。
薄いコーヒーに慣れた舌で、濃いコーヒーの余韻を味わう。それは変化だ。小さな変化だが、ノートに書くほどの変化だ。
ノートに書いた。「御手洗のコーヒー。規定量。次も飲む」
丸い字で。
四冊目のノートの、最初の見開き。左のページに「ここまで来た。まだ足りない。続ける」。右のページに「御手洗のコーヒー。規定量。次も飲む」。
折り返し地点の帳簿は、こうして始まった。