小説置き場
再建屋 梶 誠一

第45話「役割」

2,890文字 約6分

二月十八日。旧社屋の一階に五人が集まった。

 初めてだった。五人が同じ部屋で、同じ目的のために顔を合わせるのは。

 *

 奏は手帳を開いた。青いインク。今日の日付の下に、五人の名前を縦に書いた。黛。桐嶋。永瀬。御手洗。来栖。

 「始めます」

 私の声が部屋に落ちた。五人分の沈黙が返ってきた。

 「この一週間で集まった情報を統合します。まず事実の確認から」

 机の上に紙を広げた。A3のコピー用紙。御手洗の旧社屋にはA3のプリンターがない。コンビニで印刷した。百十二円。

 紙には七社のコンサルティング会社の名前、設立日、所在地、代表者名が一覧になっている。詩音が作った表を、私が手書きで清書した。デジタルの記録は持ち出さない。桐嶋の指示。

 「七社のコンサル会社が同一の管理下にあることが確認されました。ウェブサイトの解析は詩音さんが行いました」

 詩音がノートパソコンの画面をテーブルに向けた。グラフが表示されている。七つのノードと、ノード間を結ぶ矢印。矢印にはまだ数値が入っていない。

 『七社のドメインとAnalyticsのデータから、同一管理者による運営が確認できます。資金の流れは未確認ですが、構造は見えています』

 テキストで話す詩音に、御手洗が一瞬だけ目を向けた。キーボードで会話する人間に御手洗はまだ慣れていないが、何も言わなかった。

 「次に、実態調査の結果。桐嶋さん」

 *

 桐嶋は胸ポケットから紙を取り出した。折り畳んだA4。

 「南の報告。三法人のうち、リージェントとアーチの登記所在地はレンタルオフィス。実態なし。クロスの所在地はビルの一室で、郵便物の受け取り実績がある。月に二回程度。受取人の名前は法人名義」

 桐嶋は紙を見ずに話した。内容は暗記している。紙は証拠として保持しているだけだ。

 「代表者三名。いずれも実在する人物だが、現住所と登記上の住所が異なる。三名とも、過去に金融業界に在籍した経歴がある。銀行員、証券会社の営業、信用金庫の事務。全員が退職後にコンサル会社の代表に就任している」

 奏がメモを取っている。青いインク。

 「三名の退職理由は確認できたか」

 「二名は自己都合。一名は——」桐嶋が一瞬だけ言葉を止めた。「一名は懲戒解雇。だが解雇の詳細は不明。企業側が開示していない」

 懲戒解雇された人間がコンサル会社の代表に就任する。通常はあり得ない。懲戒解雇の経歴は信用を毀損する。コンサル会社の代表として取引先の信頼を得ることは難しい。

 だがこの法人に取引先の信頼は必要ない。実態のない会社だ。請求書を発行し、入金を受け、別の法人に送金する。それだけの機能。

 「御手洗さん。業界からの情報は」

 *

 御手洗はコーヒーカップを置いた。今日は五人分を淹れていた。全員の分。

 「三人に電話した。一人目、現役記者の田村。クロス業務コンサルティングが二年前に雑誌広告の出稿を問い合わせていた。出稿はされなかった。二人目、フリーランスの松永。第三者委員会の調査で、リージェント経営研究所への月次支払いを確認している。金額は百四十万前後。成果物は存在しない」

 来栖が壁際で微かに動いた。百四十万という数字に反応したのか、それとも単に姿勢を変えただけなのか。桐嶋はその動きを見逃さなかった。

 「三人目。元副編集長の杉浦。杉浦の情報が最も重要だった」

 御手洗がテーブルの上に紙を一枚置いた。手書きのメモ。

 「杉浦は退職後、経営コンサルタントの業界団体で事務局をやっている。その団体の会員名簿に、七社のうち三社が加盟していた。リージェント、アーチ、それと詩音さんが見つけた追加の一社。加盟時期は全て二〇一八年。同時加盟だ。会費は年額五万円。安い。業界団体に加盟する理由は一つだけだ」

 「箔をつけるため」桐嶋が言った。

 「そうだ。名刺に『○○協会会員』と刷る。取引先への信用の足しにする。だが実態のない法人が信用を必要とするなら——」

 「取引先が実在する」私は言った。「七社は互いに取引しているだけではない。外部の実在する法人との取引にも、この七社を使っている」

 *

 五人の情報が一つのテーブルの上に集まった。

 私は手帳に書いた。

 「情報の統合完了。次の段階——Aの特定と接触。作戦の立案に入ります」

 部屋が静かになった。石油ストーブの音だけが聞こえる。

 「作戦の骨格を説明します。目的は二つ。一、Aを特定し、Aが実際に指示伝達を行っている証拠を取る。二、その証拠を使って、執行部の構造の一端を可視化する」

 桐嶋が腕を組み直した。

 「証拠はどう取る」

 「請求書です。七社の間を流れる請求書のパターンを解析し、指示と送金の対応関係を証明する。請求書は紙の世界の情報です。帳簿から読みます」

 「帳簿をどう入手する」

 「それが作戦の核です。七社のうちクロスだけは郵便物を受け取っている。実体がある。クロスの税務申告書と帳簿が手に入れば、取引先としての他の六社の名前と金額が分かる」

 「税務申告書の入手方法は」

 「正規の方法があります。クロスが取引している金融機関に、取引実績の照会をかける。金融機関は守秘義務がありますが、公的な調査権限がなくても取れる情報がある。クロスが融資を受けていれば、融資の条件として決算書の提出が求められている。融資元の金融機関を特定できれば」

 「金融機関の特定は御手洗さんの人脈で可能か」

 御手洗がコーヒーを飲んだ。

 「可能だ。松永が企業の財務調査を専門にしている。松永に頼めば、クロスの融資元を特定できる」

 役割が見えてきた。

 「役割を確認します」

 私は手帳に書きながら、声に出した。

 「全体設計と帳簿解析は私が行います。現場での調査と行動の指揮は桐嶋さん。デジタルの解析と通信の安全確保は詩音さん。業界内の情報収集と裏取りは御手洗さん」

 四人が頷いた。詩音は画面に『了解』と打った。

 「来栖さん」

 来栖が壁から背を離した。

 「来栖さんの役割は、機構側の反応予測です。私たちが動いたとき、機構がどう反応するか。泳がせを続けるか、処理に切り替えるか。その判断基準を、来栖さんの知識から推定してもらいます」

 来栖が三秒黙った。

 「分かりました。一つだけ確認させてください」

 「何ですか」

 「私の予測が外れた場合、どうしますか」

 桐嶋が来栖を見た。来栖は桐嶋の視線を受け止めた。二人の間に、五秒の沈黙があった。

 「外れた場合は撤退します」私は言った。「撤退の判断基準は桐嶋さんが決めます。現場指揮官の権限です」

 桐嶋が頷いた。

 「それでいい」

 来栖は壁に背を戻した。

 *

 会議は四十分で終わった。

 五人が立ち上がった。桐嶋が先に出る。五分後に詩音。十分後に御手洗。十五分後に来栖。最後に私。同じ建物から同時に出ない。桐嶋が最初に決めたルール。

 私は一人残った旧社屋の一階で、手帳を見た。

 五人の名前。五つの役割。

 全体設計。現場指揮。デジタル支援。情報検証。反応予測。

 五つの歯車が噛み合えば、機構の末端に触れることができる。噛み合わなければ——処理される。

 手帳を閉じた。

 石油ストーブの火を消した。灯油の匂いが残った。

 窓の外に冬の海が見えている。暗くなり始めていた。二月の日没は早い。

 五人。五つの役割。一つの作戦。

 動き出す。