小説置き場
再建屋 梶 誠一

第18話「三人」

2,204文字 約5分

十一月二十日の午後、初めて三人が一つの場所に集まった。場所は桐嶋が指定した。湊裏区から電車で二十分の、住宅街の中にある貸し会議室。一時間千二百円。椅子六脚。長机二つ。ホワイトボード一枚。蛍光灯が一本切れていて、部屋の右半分が薄暗い。

 桐嶋が最初に来ていた。窓際の椅子に座って、腕を組んでいた。

 奏が次に来た。桐嶋の向かいに座った。

 詩音は三分遅れた。

 ドアが開いたとき、詩音は奏の方を見なかった。桐嶋の方も見なかった。部屋の隅を見ていた。壁の角。

「永瀬です」

「桐嶋だ」

 桐嶋は立ち上がらなかった。手も差し出さなかった。詩音が手を出す人間ではないと、事前に奏が伝えてあった。

 詩音は一番遠い椅子に座った。ノートパソコンを開いた。画面を自分だけに向けた。

 三人の配置。桐嶋が窓際。奏が中央。詩音が隅。三角形の頂点に一人ずつ。距離がある。

 奏はコーヒーを紙コップに注いだ。自販機のコーヒー。温度も濃さも管理できない。手帳を開いた。

「始めます」

「現状の整理から。私たちが持っている情報は三系統。一、封筒の処理手順書と桐嶋さんの七人リスト。二、詩音さんの二年分のラフト瓦解調査。三、これらを重ねて見えた三つの名前と構造パターン」

 桐嶋が頷いた。詩音はノートパソコンの画面を見ていた。

「次のステップとして、三つの選択肢があります。一、三つの名前の身元をさらに追う。二、機構のクラウドシステムへの侵入を試みる。三、旧社屋を拠点として確保し、御手洗さんに接触する」

「優先順位は」

 桐嶋が聞いた。

「私は三を推します。拠点がないと、資料の一元管理ができない。今は三人の手元にバラバラにある。それに、御手洗さんの三十年分の取材資料は」

「まだ読んでいない宝の山だ」

「はい」

 詩音がキーボードを叩いた。チャットウィンドウが開いているらしい。

「詩音さん。意見は」

 詩音は声を出さなかった。ノートパソコンの画面を桐嶋と奏の方に向けた。

 テキストが表示されていた。

 『二を優先すべき。クラウドへの侵入は時間がかかる。早く始めないと、三つの名前を追っている間に証拠が消される可能性がある。機構がデジタルの痕跡を定期的に消去しているなら、猶予は短い』

 奏は読んだ。桐嶋も読んだ。

「対面で声を出さないのか」

 桐嶋が言った。声に感情はなかった。

 詩音はキーボードを叩いた。

 『出せます。ただ、考えを整理するのにテキストの方が正確です。会議の議事録にもなります』

「合理的だ」

 桐嶋がそれ以上何も言わなかったことに、奏は少し驚いた。元公安の男が、二十三歳のエンジニアのコミュニケーション方法を即座に受け入れた。

「桐嶋さんの意見は」

「二は危険だ。侵入が検知されれば、こちらの存在が露呈する。三人しかいない段階で露呈したら、全員潰される」

 詩音がキーボードを叩いた。

 『検知されない方法があります。詳細は技術的になりますが、要点だけ言えば、一度目の侵入で失敗した経路の解析から、セキュリティの盲点が一つ見つかっています。そこを通れば、ログに残らない可能性がある』

「可能性」

 桐嶋が繰り返した。

 『確率で言えば、七十パーセント。三十パーセントは検知されます』

「三割のリスクを取るか」

 沈黙。三人とも黙った。貸し会議室の蛍光灯がちらちらと点滅している。切れかけの方。

「両方やりましょう」

 奏が言った。

「三を先に。旧社屋を確保して拠点を作る。その間に詩音さんは侵入の準備を進める。準備が整ったら、拠点から実行する。拠点があれば、通信経路を安全にできますか」

 詩音がキーボードを叩いた。

 『固定回線があれば。旧社屋にインターネット回線は?』

「確認が必要です。御手洗さんに接触する際に確認します」

 桐嶋が腕を組み直した。

「御手洗への接触は俺がやる」

「桐嶋さんが?」

「二年前に一度行っている。顔は覚えているだろう。知らない人間が行くより、一度会った人間の方がいい」

「御手洗さんがあなたを覚えているとは限りません」

「覚えている。あの人は記者だ。取材対象の顔を忘れない」

 奏は手帳にメモした。「桐嶋→御手洗接触。詩音→侵入準備。奏→三つの名前の追加調査」

 役割分担。三人がそれぞれ別の仕事をする。これが——組織の始まりだ。

「もう一つ」

 桐嶋が言った。

「通信手段を統一する。三人のチャットグループを作る。連絡はそこだけ。電話は緊急時のみ。対面は」

 詩音がキーボードを叩いた。

 『月に二回まで』

「それは永瀬の条件だろう。桐嶋も同じでいいのか」

「構わない。頻繁に会う必要はない。会いすぎると、行動パターンが読まれる」

 元公安の発想。桐嶋にとっても、対面を減らすことは防御だった。

「では、月二回の対面。連絡はチャット。緊急時のみ電話」

 三人が頷いた。詩音は頷く代わりに、画面に『了解』と打った。

 会議は四十分で終わった。

 桐嶋が先に出た。五分後に詩音。十分後に奏。同じ建物から三人で出ない。桐嶋が決めたルール。

 奏は最後に出た。貸し会議室の鍵を返して、外に出た。

 住宅街。夕方の風。十一月。

 三人。

 桐嶋は慎重で、リスクを数字で測る。詩音は技術で突破口を探し、テキストで思考する。奏は構造を読み、手帳に記録する。

 三人の方法が違う。だから三人いる意味がある。

 駅に向かって歩きながら、奏はメモ帳に一行書いた。

 「三人で会議。役割分担確定。次:御手洗接触(桐嶋)、侵入準備(詩音)、名前追跡(奏)」

 帰りの電車で、窓の外を見た。街灯が点き始めている。

 組織が——動き始めた。