小説置き場
再建屋 梶 誠一

第16話「交差」

1,525文字 約4分

詩音のアパートで撮った写真を、奏は自宅のテーブルに広げた。

 広げた、というのは正確ではない。スマートフォンの画面を拡大して、一枚一枚確認した。壁三面分。百十二枚。

 画面が小さい。紙に起こす必要がある。

 コンビニで印刷した。A4。百十二枚。千七百九十二円。今月の翻訳収入から引くと、残りは。考えない。

 テーブルに並べた。六畳の机では足りない。床に広げた。布団を畳んで、フローリングの上に紙を並べていく。

 詩音の相関図。ラフトの不正融資を起点に、資金の流出先三社、その背後の監査法人、十七社の役員名簿、三つの名前。

 奏は自分の資料を横に置いた。封筒の十四枚。防御手順書。桐嶋のリスト七人分のメモ。

 二つの情報群を、床の上で物理的に重ねていく。

 重なる点を探す。

 最初に見つかったのは、監査法人の名前だった。

 詩音の相関図にある監査法人、「双葉監査法人」。小さな事務所。従業員六名。

 奏の封筒の中にある処理手順書のステップ二、「対象者の銀行口座に説明困難な入金記録を作る」。入金元として使われた法人の一つが、双葉監査法人の顧問先だった。

 偶然か。

 偶然ではない。

 二つ目の重なり。桐嶋のリストの三人目、片桐正之、元信用金庫支店長。片桐が支店長を務めていた信用金庫は、詩音のラフトに融資していた金融機関の一つ。

 三つ目。詩音の十七社の役員名簿に繰り返し現れる三つの名前のうち、一つが桐嶋のリストの六人目(河野圭介、元建設コンサル)の元勤務先の取締役と同一人物。

 三つの重なり。

 奏はメモ帳に書いた。青いインク。

 「重複点:双葉監査法人(詩音×封筒)、融資経路(片桐×ラフト)、役員名(十七社×河野旧勤務先)」

 三つの重なりが示しているのは、詩音が追いかけていたラフトの瓦解と、奏が受け取った封筒の処理手順が、同じ構造の異なる断面であるということ。

 同じ組織が、同じ手法で、異なる対象を処理している。

 奏は床に座ったまま、百十二枚の紙と十四枚の紙を見つめた。

 桐嶋に電話した。三秒の間を置いてから話し始めた。

「三つ重なりました。事実を確認する」

「内容は」

「監査法人、融資経路、役員名。詩音の二年分と、封筒の十四枚と、あなたのリストが、三点で交差しています」

 桐嶋が五秒黙った。

「一点なら偶然。二点なら関連。三点なら——」

「構造です」

「構造か」

「はい。見えてきたのは構造の一部です。まだ全体は見えない。でも機構が動くとき、必ず通る経路がある。資金の流し方、法人の使い方、人の消し方に、パターンがある」

「パターンがあるなら、次を予測できる」

「できます。次に処理される人間が誰か、推測できるかもしれない」

 桐嶋がまた黙った。三秒。

「黛。一つ聞いていいか」

「何ですか」

「この三つの名前。お前は怖くないのか」

「怖い?」

「名前が見えたということは、向こうからも見える可能性がある。お前が辿り着いたことに気づけば」

「処理される」

「ああ」

 奏はメモ帳を見た。青いインクの三行。

「怖くないかと聞かれれば、怖くはないです。怒りが二年前に通り過ぎたように、恐怖も通り過ぎました」

「通り過ぎた」

「残っているのは、構造への関心だけです。見えたものは記録する。記録したものは分析する。分析結果は」

「次に活かす」

「はい」

 電話を切った。

 床の上の紙を片づけた。百十二枚を封筒に戻し、十四枚を別の封筒に戻した。二つの封筒をクリアファイルに入れて、本棚の奥にしまった。

 コーヒーを淹れた。規定量の三分の二。もう三分の二が習慣になっている。

 飲みながら、窓の外を見た。湊裏区の夕方。曇り空。

 三つの名前。構造の断片。

 一つの謎が解けた——詩音の二年間と封筒の十四枚は、同じ構造の異なる面。

 一つの謎が生まれた。この構造に気づいた人間を、機構はどう処理するのか。