小説置き場

第21話「ダンプデータの深淵」

1,743文字 約4分

ガシマの端末がテーブルの上にある。画面が割れている。俺がポート接続した際に物理的に圧がかかったらしい。左下の角から放射状にヒビが入っていて、AR表示は映るが、タッチ操作は死んでいる。

 問題ない。俺の弁当箱デバイスに直結すれば、データは吸い出せる。

 ジャンク屋のオヤジの奥の部屋を借りた。六畳の物置。壁に工具がかかっていて、床にパーツ箱が積まれている。オヤジは「使っていいけど、壊すなよ」と言って、表に出ていった。

 ガシマの端末にケーブルを差した。俺のデバイスに認識させる。ファイルシステムが開いた。

 巻き戻せ。何から見る。

 ガシマはエリアマネージャーだ。モデレーターの上位職。エリア単位の運営管理を担当する。端末には業務用データが入っているはずだ。経費申請、業績レポート、内部メモ。

 ファイルを漁った。

 経費申請。ガシマの月次経費レポート。

  経費精算書 2025年10月度   氏名: 賀島恒夫   部署: 渋谷エリア管理課   異能帯域使用: 847.3テラ   総支出: ¥4,291,600

 四百二十九万。月額。経費無制限とはいえ、月四百万を使うやつの感覚は分からない。俺の全財産が三千四百円だぞ。

 頭が処理を始めた。レポートの中に「生体ボットネット運用状況」というセクションがあった。

 開いた。

 数字が並んでいた。

  フリープランユーザー数: 約120万(東京都内)   ボットネット稼働率: 98.7%   平均演算負荷: 4.2時間/日/ユーザー   推定寿命影響: -0.3年/年/ユーザー

 指が止まった。

 百二十万人。東京都内だけでフリープランのユーザーが百二十万人。俺もその一人だ。

 平均演算負荷、四・二時間。俺のログだと四時間だから、ほぼ一致する。

 推定寿命影響。マイナス〇・三年。つまりフリープランを一年間使うと、寿命が〇・三年縮む。十年使えば三年。三十年使えば九年。

 おれの親父とお袋は、フリープランを三年使って死んだ。だが公式の計算では三年で〇・九年しか縮まないはずだ。三年で死ぬには——。

 スクロールした。レポートの下のほうに注記がある。

 「注:上記は標準負荷の場合。強制ダウングレード後のペナルティ負荷は標準の3〜5倍」

 三倍から五倍。

 親父とお袋はプレミアムプランから強制ダウングレードされた。ペナルティ負荷。標準の四時間が、十二時間から二十時間に。一日の大半を脳演算に吸い取られていたわけだ。三ヶ月で死ぬのは——計算が合う。

 俺は端末から目を離した。天井を見た。物置の天井。パイプが走っている。

 百二十万人が、毎日四時間ずつ寿命を削られている。東京だけで。全国なら数百万人。

 知ってた。知ってたよ。生体ボットネットの存在は。俺自身が毎晩四時間吸い取られている。だが百二十万人という数字は、頭のキャッシュに入りきらない。

 ファイルを掘り続けた。

 内部メモ。ガシマが上司に送ったメールの下書き。

 「Root直轄階層より凍結命令が下達されたアカウントについて、当該エリアでの捜索を継続しています。対象アカウント:旧エンタープライズ・リサ(苗字データ削除済み)」

 巻き戻せ。

 Root直轄階層。リサの凍結命令は、Root直轄階層から出ていた。

 Rootとは何か。名前だけは知っている。オムニバース社のシステム管理の最上位権限。sudoコマンドの持ち主。全てのアカウントの生殺与奪を握る存在。個人なのか組織なのか、合議体なのかAIなのかすら分からない。

 そのRootが、直接リサの凍結を命じた。

 エリアマネージャーのガシマが動いていたのは、Rootの指示だった。

 リサは今、隣の部屋で寝ている。ガシマとの戦闘の疲労で体力が限界だった。フリープランの体はスタミナが低い。

 起こすべきか。

 起こさない。今は。この情報を消化してから伝える。消化するには時間がかかる。

 俺は端末のデータを俺のデバイスにコピーした。暗号化して保存。パスワードは十六桁。

 オヤジが干し肉を持ってきた。

「食え。顔色が悪い」

「……ありがとう」

 噛んだ。硬い。塩辛い。いつもの味。

 百二十万人分の寿命が、この東京の空気の中で削られている。俺が干し肉を噛んでいる今この瞬間も。

 おにぎり百三十円。干し肉は無料。寿命は計算不能。

 フリープランの代価は、金額では表示されない。