小説置き場

第20話「クレカ限度額超過」

3,366文字 約7分

朝七時、作戦が始まった。ガシマは毎朝八時に商店街に現れる。エリアマネージャーは規則的に動く。会社員だから。

 リサが準備を終えた。広告配信のカウンターを確認している。次の広告まで十四分。

「フェーズ1。盾の消耗。俺から行く」

 俺はジャンク屋の裏口から出た。路地裏を迂回して、商店街の南端に出た。

 八時二分。ガシマが北端から入ってきた。灰色のスーツ。法人カード。SSR武装三点セット。剣、盾、鎧。

 俺はデバイスを構えた。ピング攻撃。最低威力。ダメージゼロ。

 撃った。

 ガシマのAR上に、ほんの一瞬だけ攻撃判定のフラグが立った。自動防御が起動。盾が展開された。

 盾の耐久値。残り七。

 ガシマは気づいた。

「おっと。誰か撃ったね」

 探している。周囲を見回している。だが俺は路地裏の奥にいる。直接は見えない。

 三十秒待った。二発目。ピング。

 盾が起動。残り六。

「面白いね。ゼロダメージの嫌がらせか」

 三発目。残り五。四発目。残り四。

 ガシマが苛立ち始めた。ゼロダメージだから実害はない。だが毎回盾が起動するのは気持ちが悪い。

 五発目。残り三。

 ガシマが路地裏の方向に剣を振った。威嚇。AR上のエフェクトが路地の壁に走った。

 六発目。残り二。七発目。残り一。

「しつこいな」

 八発目。

 盾が——砕けた。

 AR上の盾のアイコンが灰色になった。耐久値ゼロ。盾が使用不能。

 ガシマの表情が変わった。初めて。

「壊れた? まあいい。買い直せば」

 タブレット端末を操作した。ガチャ画面。十連。三万三千円。

 金色のエフェクト。新しい盾が出た。

 俺のデバイスが決済リクエストをキャプチャ。支払い方法フィールドを書き換え。リボ払い。

 「購入完了」。ガシマのAR上には一括三万三千円。サーバー上はリボ。手数料込みで三万八千円。

「フェーズ1完了。フェーズ2に移行」

 リサに合図を送った。メッセンジャー。

 リサが商店街の東側の路地から姿を現した。銀髪。灰色のウォーターマーク。

 ガシマの視界に入った。

「おや。銀髪の嬢ちゃん。君が噂のBAN解除者か」

「元エンタープライズよ。よろしく」

「エンタープライズ! それがフリープランに。人生何があるか分からないね」

 リサがガシマに向かって歩いた。挑発的に。ゆっくりと。

 ガシマの剣が光った。攻撃態勢。

「近づかないほうがいいよ、嬢ちゃん。これ結構痛いから」

「痛いかどうか、試してみる?」

 リサの広告カウンター。残り八秒。

 七。六。五。

 ガシマが剣を振った。

 四。

 リサの目が虚ろになった。広告が始まった。

 剣の一撃が——リサの体を通り抜けた。

 REJECTED: target input channel locked

「何?」

 ガシマの顔が歪んだ。攻撃が通らない。

 剣の耐久値。残り十一。

 五秒後。リサの視界が戻った。十メートル後退。次の広告まで三十六分。

「一回」

 リサが呟いた。残り十一回。

 三十六分のインターバル。その間にリサはガシマの視界から離れ、位置を変える。次の広告の直前に再び姿を見せる。挑発する。ガシマが攻撃する。広告が来る。空振り。

 二回目。残り十。

 三回目。残り九。

 ガシマが怒り始めた。

「なんだこれ。なんで当たらない。買い替えるか」

 剣を捨てて、新しいガチャを回した。十連。三万三千円。リボ払い。

 新しい剣。耐久値十二。

 四回目。残り十一。五回目。残り十。

 ガシマが三回目の剣を購入。十連。三万三千円。リボ。

 六回目。七回目。八回目。

 昼になった。ガシマは剣を五本消費していた。十連ガチャ五回。十六万五千円。リボ払い込みで約十九万円。

 そして盾も二回壊れた。追加購入二回。六万六千円。リボ込み七万六千円。

 午後。ガシマの攻撃がさらに乱暴になった。剣だけでなく、ガチャで出た他のSSR武装、槍、弓、ハンマーを片っ端から使い始めた。

 使えば使うほど壊れる。壊れるたびに買い直す。買い直すたびにリボ払いの手数料が上乗せされる。

 デバイスの経費モニター。

  ガシマ経費消費(推定):   累計購入額: ¥4,280,000   リボ手数料累計: ¥620,000   経費精算上の総消費: ¥4,900,000   残り枠(推定): ¥100,000

 十万。残り十万。

「リサ。あと一押し」

 リサが最後の挑発に出た。ガシマの正面。十メートル。

「ねえ、おじさん。経費、足りてる?」

 ガシマの顔が歪んだ。初めて、余裕が消えた。

「何を」

「法人カードの今月の経費枠。もう残り少ないでしょう。あなたが買い物するたびに、リボ払いの手数料が上乗せされてるの。知ってた?」

 ガシマの手が止まった。タブレット端末の画面を見た。

 経費精算の明細。一行一行。購入金額の横に「リボ払い手数料」の欄が追加されている。

「なっ」

「あなたの決済リクエスト、三日前から全部リボ払いに書き換えてたの。一括のつもりで買ってたでしょう? でもサーバー側はリボ。手数料が積み上がってる」

 ガシマの顔が紫色になった。怒りか。恥辱か。

「お前ら」

 ガシマが最後のSSR剣を振りかざした。渾身の一撃。リサに向かって。

 リサの広告が——来た。

 REJECTED

 空振り。

 剣が砕けた。最後の一本。耐久値ゼロ。

 盾はない。剣はない。鎧は紙同然。

 そして法人カードの残り枠は。

 ガシマがタブレットを操作した。ガチャを回そうとした。

  決済エラー: 月間経費上限に達しました   購入を続けるには経理部門に上限引き上げを申請してください

「限度額——超過」

 ガシマの声が震えた。

 武装なし。防御なし。予算なし。

 スーツ姿の太った中年男が、商店街の真ん中に立っている。手にはただのタブレット端末。

「撤退だ」

 ガシマが踵を返した。

「待て」

 俺はガシマの前に立った。

「端末のデータを置いていけ。エリアマネージャーの端末には、モデレーター部門の管理情報が入ってるはずだ」

「ふざけるな。会社の端末を」

「経費で殴ろうとしてきた相手に言うか? お前が使った四千九百万。全部記録してある。経費の私的流用で報告されたくなかったら、端末を置いて帰れ」

 ガシマの顔が白くなった。

 経費の私的流用。SSR武装のガチャに四千九百万を使った。業務目的だと主張できるが、明細にリボ払い手数料が乗っている。手数料は通常、経費として認められない。つまり手数料分は私的な支出。

「……取りに来る。必ず」

「来い。そのときはまた同じことをする」

 ガシマがタブレット端末を地面に置いた。去っていった。太った背中が商店街の入り口に消えていく。

 端末を拾った。無意識に右耳の後ろに手が伸びた。

 リサが隣に来た。

「終わった?」

「終わった」

「疲れたわ」

「俺もだ」

 端末のロックを解除した。ガシマの経費精算パスワードは端末の裏面にシールで貼ってあった。管理職の情報リテラシー。

 中を見た。

 モデレーター部門の管理ファイル。配置図。人員リスト。予算表。

 そして二つのフォルダ。

 一つ目。「データセンター運用報告」。

 二つ目。「生体ボットネット 月次レポート」。

 開いた。

 データセンター。オムニバース社の中核インフラ。所在地は東京湾岸。具体的な住所は伏せられているが、地図の概形がある。

 生体ボットネット。月次レポートの数字。

 「対象ユーザー数: 2,340,000」  「月間搾取演算量: 1.2エクサフロップス」  「月間廃棄ユーザー数: 847」

 廃棄ユーザー。月に八百四十七人。年間で一万人以上。

 ボットネットの負荷に耐えられなかった人間が毎月八百人以上、「廃棄」されている。

 廃棄の意味は分からない。死亡か。脳死か。アカウント削除か。

  俺の両親もこの数字の中にいる。

「クロヤ。大丈夫?」

 リサの声が遠く聞こえた。

「大丈夫だ。大丈夫じゃない。でも」

 端末を握りしめた。

「これで戦える」

 ジャンク屋に戻った。オヤジがコーヒーを淹れてくれた。薄い。いつもの味。

 七人が集まっていた。あの七人。防衛戦を一緒に戦った住人たち。飯田さんもいた。先生もいた。

 誰も歓声を上げなかった。静かな安堵。コーヒーの匂い。夕方の光。

 オヤジが言った。

「坊主。次はどうする」

 次。

 端末の中のデータ。データセンター。生体ボットネット。月に八百四十七人の廃棄。

「次は上に行く」

 上位レイヤーへ。データセンターへ。オムニバース社の心臓部へ。

 リサが隣に座った。弁当の残りを食べている。飯田さんの弁当。

「一緒に行くわよ」

「当たり前だ」

 窓の外で、蒲田の夕日が沈んでいく。

 今日の戦いは終わった。だが——戦争はこれからだ。